生月島の中ほど、
山田教会 からほど近い丘に十字架が建つのが見えます。
ここはカクレキリシタンの聖地・中江ノ島(平戸島と生月島の間に浮かぶ小さな無人島)を望む黒瀬の辻と呼ばれる場所で、
生月がキリシタンの島であった頃、ポルトガル人宣教師によって十字架が建てられた場所と言われています。
生月で最初の殉教者となったガスパル(洗礼名)西玄可が斬首され、近くで妻子も斬首された殉教地で、
ガスパル様 と呼ばれています。
ガスパル西玄可は平戸領主・松浦隆信の重臣・籠手田氏の代官として山田、館の浜を支配していましたが、
法印鎮信のキリシタン弾圧によって、1609年に妻・長男と共に生月で最初の殉教者となりました。
ガスパル西玄可の次男・トマス西六左衛門はマニラに渡り、1626年にドミニコ会最初の日本人司祭となり、
1629年には長崎に上陸しましたがその後捕えられ、拷問の末に殉教しました。
山田教会にはファティマの聖母の横にトマス西六左衛門神父の列聖記念碑が建っています。