鹿児島県出水市には、かつて旧日本海軍航空基地がありました。 開設当初は訓練基地として利用されていましたが、 太平洋戦争終盤に日本が劣勢に立たされてくると、実戦部隊の基地として利用されるようになりました。 沖縄戦に突入すると、鹿児島の基地から特別攻撃隊の航空機が飛び立つようになり、 ここ出水基地からも推定260人以上とされる特攻隊員たちが南方の空へ散華されました。
現在も海軍航空隊出水基地のあった周辺には、 地下壕をはじめとして、いくつかの遺構が残っています。
特攻碑公園
出水の戦跡巡りの拠点となる場所で、駐車場もあります。
「雲こそわが墓標 落暉よ碑銘を飾れ」と南海の果てに散った若き特攻隊員たちの心境を詠んだ、 阿川弘之の「雲の墓標」の石碑や、 出水から出撃した特攻隊員の名前が刻まれた碑が立っています。
また戦闘指揮所として使用された地下壕がほぼ完全な形で残っており、内部が見学できる他、 衛兵塔(哨舎)や、近海から引き揚げられた友軍機のプロペラなどを見ることができます。


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 ▲ 特攻碑公園

 ▲ 特攻神社に建つ特攻隊員の像
特攻神社
特攻碑公園から徒歩2分、180mくらいの距離にあります。
元々、昭和18年4月1日に開隊された出水海軍航空隊の守護神として建立されていたのですが、 戦争終結により航空隊が解隊されると神社も撤去されました。 そのまま忘れ去られていた様ですが、平成2年の宅地造成により、特攻神社の台座が発見された事で、 再度この地に建立されることとなりました。
神社の境内には、特攻隊員たちが散華した南方の空を見つめる特攻隊員像や、 出水第二海軍航空隊の正門門柱があります。 また出水基地に関するパネルも展示されています。


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ボイラー室
特攻神社から150m程のところに、ボイラー室の跡があります。 しかし案内表示などはないので、詳細は分かりませんでした。 民家の敷地内の様で、壁の奥に玄関らしき物が見えています。


軍艦旗掲揚台
出水自動車教習所の正面玄関の向かい辺り、 民家の敷地内にあります。

  ▲ 軍艦旗掲揚台
防空壕跡
出水自動車教習所の近くにある、鹿島保育園の敷地内に、防空壕の跡が残っています。 流石に保育園の敷地内という事で、立ち入り禁止です。 写真は柵の外から写したものです。

  ▲ 防空壕
気象観測所跡
出水自動車教習所の正面入り口から400m程のところにある、レンガ造りの建物が、 気象観測所跡です。
航空隊設置当初は無線通信所として使用されていましたが、 水航空隊が練習航空隊から作戦部隊の基地として使われるようになると、 通信所は高尾野方面へ移設され、気象観測所として運用されました。

現在は民家の敷地内になっており、気象観測所の建物の1階部分はガレージとして使われている様で、 車が収納されていました。



 ▲ 掩体壕
旧海軍出水航空基地掩体壕
特攻碑公園から約1.5km程離れた、出水ゴルフクラブの敷地と隣接した畑の中に、 旧海軍出水航空基地の掩体壕が2基、そこからまた少し離れたところに1基、 合計3基の掩体壕が現存しています。
この掩体壕は、昭和19(1944)年に飛行場周辺に建設されたもので、小型機用の掩体壕です。 恐らく「紫電」「紫電改」を格納していたのではないかと推測されます。


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特攻碑公園 DATA
住所鹿児島県出水市平和町149番
電話番号
利用料金無料
利用時間地下壕跡:9:00〜17:00
駐車場無料。17台
公式HP
備考

 ▲ 出水基地略図
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last visited : 2017/06/15