霊台橋 

 ▲ 霊台橋の北岸側から写す。2016年の熊本地震の影響で、南岸側にある河川敷に降りる階段は通行止めになっていました (2017.09.09) 
霊台橋
下益城郡美里町の国道218号沿い、緑川に架かる石橋で、江戸時代後期の1847年に架けられた石橋です。 緑川本流の最大の難所、船津峡に架けられた日本最大級の単一アーチ橋で、船津橋とも呼ばれています。 1967年(昭和42年)に国の重要文化財に指定されました。

この場所には1819年(文政2年)より木橋が架けられるようになりましたが、 再三流失したことから、惣庄屋の篠原善兵衛が石橋の架橋を発案し、 自らも出資して種山石工の卯助に建設を依頼しました。
卯助は宇市、丈八(後の橋本勘五郎)兄弟と、大工の棟梁の万助と半七、更に住民の総力を得てこの橋を架橋しました。 工事は1846年(弘化3年)に開始し、翌年1847年(弘化4年)にわずか6〜7ヶ月の短期間で、 この前例のない程の大きな石橋を完成させました。

 ▲ 霊台橋の北岸側から (2012.09.02)



 ▲ 霊台橋の北岸側の社(?)

 ▲ 霊台橋の少し上流には船津ダム

 ▲ 霊台橋の北岸側から橋の上を見る

 ▲ 霊台橋の南岸側から写す (2017.09.09) 手前の穴が森林鉄道トンネル
橋の全長は約90m、アーチのスパンは27.5mです。 九州を中心として数多く残る石造アーチ橋の中で、 単アーチとしては、この橋の8年後に造られた「通潤橋」 と並んで日本最大の物です。

架橋当時は現在と同じ様にアーチの上部が盛り上がったなだらかな傾斜のある橋でした。
しかし1900年(明治33年)に県道の一部となった際に、元の石橋の上に更に石垣を積んで、石橋上の道を平らにし、 バスやトラックなどの大型車が通れるように改修されました。 また、南端には大正9年に森林鉄道のトンネルが造られました。
1966年(昭和41年)に霊台橋の上流に平行して鉄橋が架けられ、 国道橋として供用が開始されると、 霊台橋は観光用の人道となりました。
その翌年に重要文化財の指定を受け、1980年(昭和55年)より完成当時の姿に復元する工事が行われ、 現在の姿となっています。

 ▲ 霊台橋の南岸側から写す (2012.09.02) 右手に空いている穴が森林鉄道トンネル

 ▲ 霊台橋を南岸側まで歩いて来たところ

 ▲ 霊台橋の南岸側から写す

 ▲ 霊台橋の南岸側にある駐車場と石碑

 ▲ 霊台橋の北岸側から写す。迫力のアーチ橋
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霊台橋 DATA
住所熊本県上益城郡山都町野尻
電話番号
駐車場あり。4〜5台
公式HP
備考
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last visited : 2017/09/09